
ヒロ松下 CART(Indy Car)における軌跡
〜日本人初のインディカードライバーとして〜
1998年5月 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 昨シーズンが終わり、今シーズンも、もちろん全戦全力で参戦するという気持ちで、開幕に向け取り組んでまいりました。 しかし、先日のマイアミ、ホームステッドでのスプリングトレーニングを終え、益々競争が激しくなった今シーズンのフェデックス・チャンピオンシップ・シリーズに向け気持ちを集中した時、全19戦を全力で戦っていくために必要な気力が100%に満たない事を感じました。この気持ちは今までレースを戦ってきた中で何度も大事故に巻き込まれ大ケガをした時も立ち直らせてくれた自分の中の気力が全19戦保てないのでは、ということでした。そして、どこまで完全に保てるかを考えた時、今の時点で確実に見えたのがブラジル戦まででした。 私は常日頃、いくら思いがあったとしてもプロのチャンプカー(旧称インディカー)ドライバーとして、CARTシリーズにおいてのコンペティションを戦っていく中で、その気力が少しでも欠けると気づいた時が、チャンプカーを降りる時だと考えていました。 初めてこういう気持ちになった自分に出会い、正直言ってショックでしたし大変悩みました。ただ、自分自身を冷静に見直して、そういう自分自身の状態を深く考えた時に、オーバーラップしてきたのは、何よりスポンサーやヒロ松下を応援し、期待して下さっている人々、そしてこの世界のトップカテゴリーの限られたシートを目指している後進のことです。その人々に対し、だましだまし走っているということもひとつの方法かもしれませんが、私自身としてはもっと他の方法で自分の役割があるのではないかと思い始めました。 私が1986年夢を目指して単身渡米し、日本人として初めてメジャーレースでシリーズチャンピオンとなり、CARTにステップアップし、この過酷なレースシリーズで8年間も第一線で走ってくることができたのは、私を支え応援して下さった皆様や、何よりも私の夢に共感してここまでチャンスを与え続けて下さったスポンサーのおかげだと思っております。本当に心より感謝しています。 今まで決して楽な道のりではありませんでしたが、その度に皆様の温かいご支援を励みに立ち上がることができました。 そして、今年この素晴らしいアメリカンモータースポーツが日本で開催されます。私の自負かもしれませんが、私が先駆者としてこの扉を少しでも開けることに協力出来たのかな、と思えることが私の誇りであり、今後はこれを点で終わらせることなく、継続していく事が私の役目だと思っています。 これからは、限られた力かもしれませんが、海外で戦ってきた人間としてモータースポーツ界に、貢献していきたいと考えています。また、チャンピオンシップ・シリーズに関しては、チームの“テクニカルアンド マネージメントディレクター”としても私が培ったノウハウを基に今まで以上に関わっていく予定ですし、ドライバーとしては他のレースにも興味があります。 本当にいままで温かいご支援ありがとうございました。心より感謝しております。 チャンプカー・ドライバー ヒロ松下 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
9年間の戦績
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ヒロ松下 Champioms Clubメンバーとなる 1998年11月 ボビー・レイホール、エマーソン・フォッティパルディとともに 名誉ある”CARTチャンピオンズ・クラブ”メンバーとなる。 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 1998年11月 - アメリカ、カリフォルニア州 カリフォルニア州での1998年度FedEx Chanmpionship Seriesの最終戦後、1998年度の表彰パーティが盛大に開催された。 第5戦リオ400(ブラジル、リオ・デ・ジャネイロ)にて、9年間に渡って走り続けてきた「CARTシリーズ」を引退したヒロ松下は、ボビー・レイホール、エマーソン・フィッティパルディと共に、チャンプカードライバーとして、100戦以上参戦したドライバーだけが、引退後入会を許される名誉ある”チャンピオンズ・クラブ”の正式メンバーとして表彰された。 1990年以来、ヒロ松下が参戦したレース総数は、117戦になる。 |
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
![]() |



